Thinking
#08
すでにある価値を、
どう束ねるか。
——北海道は、すでにブランドだ
「北海道産」という言葉があります。食品売り場でその文字を見た瞬間、手が伸びます。説明がいりません。証明がいりません。「北海道」という名前そのものが、品質と信頼の証になっています。これは、並大抵のことではありません。世界中の企業が莫大な予算をかけて作ろうとしている「ブランド」が、北海道にはすでにあります。
数字が語る、北海道の力
北海道の食料自給率は、カロリーベースで200パーセントを超えます。全国平均が40パーセントに届かないことを思えば、この土地がいかに突出しているかが分かります。日本の食卓を、北海道が支えていると言っても過言ではありません。農業だけではありません。漁業も強い。ホタテ、鮭、昆布——北海道の海が育てるものは、世界の市場でも高く評価されています。観光もまた、この土地の大きな資産です。ニセコは、すでに世界有数のスキーリゾートとして名前が通っています。「Hokkaido」という言葉は、海外でもそのまま通じます。これだけの産業資産を、一つの地域が併せ持っている例は、世界を見渡しても多くありません。
産業・文化・教育という三位一体
しかし、北海道の本当の豊かさは、数字の先にあります。豊かな産業は、人を引き寄せます。人が集まり、根を張ることで、文化が育ちます。祭り、食の習慣、自然との向き合い方、その土地に固有の美意識。それらは、長い時間をかけて積み上げられた、北海道にしかないものです。そして、その文化の中で、子どもたちが育ちます。豊かな自然を知り、食の源を知り、土地への誇りを知る。その記憶が、次の世代の産業を作っていきます。産業、文化、教育。この三つは、切り離せません。どれか一つが欠ければ、地域は続きません。北海道の本当のブランドとは、この三位一体の豊かさのことだと、私たちは考えています。
それでも、束ねられていない
ただ、正直に言えば、北海道というブランドは、まだ十分に使いきれていないと感じています。食は強い。では「北海道の食」として、一つの物語になっているでしょうか。観光客は来ている。では「北海道でなければできない体験」として、設計されているでしょうか。農業、漁業、観光、文化、教育——その一つひとつは素晴らしい。けれど、それらが一つの北海道ブランドとして束ねられているでしょうか。「北海道」という大きな名前の下で、それぞれが、それぞれに動いている。その分散が、全体としてのブランドの力を弱めているのかもしれません。これは批判ではありません。構造の話です。
北海道全体を貫くブリーフは、まだ見えていない
企業のブランドで同じことが起きた時、私たちはまず問います。自分たちは何者なのか。その答えを、誰が言葉にしているのか。その言葉を、誰がデザインに落とし込んでいるのか。北海道を同じ目で見ると、自治体や団体が丁寧に整理した計画はあっても、北海道全体を貫く一枚のブリーフは、私たちにはまだ見えていません。素材はすでにあります。産業があり、文化があり、自然があり、そこで育つ人たちがいます。けれど、素材がどれほど優れていても、ブリーフなき発信は力を分散させます。方向が定まらなければ、個々がどれだけ努力しても、全体としての蓄積にはなりません。ブランドとは、慮りの蓄積です。北海道には、その蓄積の素材が、すでに揃っています。足りないのは、問いを立てることです。
これは、北海道だけの話ではない
そして、これは北海道だけの話ではありません。長い歴史や技術、優れた商品、地域固有の文化など、すでに豊かな価値を持ちながら、それが一つの物語として束ねられていない企業や地域は少なくありません。問題は、素材がないことではありません。すでにある価値を、どう束ねるか。「いいものはあるのに、なぜか伝わっていない」と感じる時、見直すべきなのは、表現より前にある問いかもしれません。
問いを立て、形にする
私たちが北海道について考える時、批判したいわけではありません。その逆です。北海道の食を、もっと世界に届けたい。北海道の自然と文化を、訪れた人の記憶に深く刻みたい。この土地の中でお金が回り、ここで働く人が誇りを持てる仕組みを作りたい。そして何より、この豊かな土地で育つ子どもたちに、北海道の誇りと可能性を手渡したい。そのために必要なのは、ロゴやコピーを先に作ることではありません。誰のために。何のために。何が本当の問題なのか。その問いを上流から立て、リサーチをし、物語を定義し、最後まで形にする。企業のブランド戦略も、地域のブランド戦略も、本質は同じです。北海道は、すでにブランドです。あとは、その価値をどう束ねるか。そこから、一緒に考えたいと思っています。